◊由 緒◊
傳へ云ふ、欽明天皇30年に勧請すと。永緑年間兵焚に罹るを以て社記等焼失し詳細の事寶詳でない。明治6年3月郷社に列す。当社は元大井八幡宮と称し、維新以後飯津澤神社と唱へたが、同年同月再び今の如く改む。舊濱松懸舊社調に云ふ。榛原郡道上四之宮村(当村の舊名)飯室山鎮座大井神社祭神高皇産璽尊は式内飯津佐和神社也と。特選神名版同社の條に、今按に一説道上四之宮村飯室山大井神杜を此社としたるは飯室の飯字の社號にいささか由あるより思付ての事なるべく切に證なければ信じがたしと。(下略)遠江國風土記傅当社の條に大井八幡社除地高1石號飯室山社齋六所明神有六社或日式内社也と。明治40年1月12日神饌幣帛料供進社に指定せらる。(静岡懸神社志原文)
神社入口 神号標「式内 飯室乃神社」 一の鳥居(明神鳥居)
二の鳥居(明神鳥居)
参 道
手水舎
社 殿
拝 殿
写真撮影:2008年9月12日