◊由 緒◊
社記に曰く本社はもと仲神社と称せしも、中古賀茂郡宮内村村上神社(今、松崎町宮内伊那上神社)と合祀して高根名~社と改めしが後本地に遷祀して、旧仲神壮に復称したりと。式社考証には仲神杜は旧説に伊奈上神社と称へ来れる賀茂郡宮内村上宮なるべく思はる、こ社は豆志に伊那上神社(宮内村)神主48世の祖河野氏、豫州より遷し奉ると見えたり、こ辺の地理を考ふるに東北に中川流れ、南西に岩科川ありて、2川の中間にあるより、那賀と云称起りたりと思はれ、古く郷賀郷なりし由に伝へ、文治3年文書に伊豆國仁科庄那賀郷三島宮と見ゆ、古来仲ノ郷中の総鎮守なる由口碑に伝ふとあり、「延喜式神名帳那賀郡仲神社て神階帳那賀郡従四位上おおとしの明神に相当するか」とある。文緑2年再建の上梁文あり,叉元禄2年回禄の災に罹りて後再建、叉天保11年9月再建等の棟札がある。1座天神社は津島神社と共に、もと境内末社に鎮座せしを、文禄以前に本社殿に遷祀して一棟二扉に改めたと云ふ。明治6年8月村社に列す。(静岡懸神社志原文)
境 内
鳥居 神額には「仲神社」
社 殿
拝殿
本 殿
手水舎
写真撮影:2020年5月25日