◊由 緒◊
社傳によれば式内服織田神社これなりと言ふ。即ち安閑天皇元年遠江國蓁原郡御厩崎、今榛原郡御前崎村字元宮の地に鎮座し給ひしを、仁明天皇の承和元年3月神の御諭により、承和4年2月今の宮所に鎮座、舊地を元宮と名付け、祠を建て白羽社の假殿と称へ、3月3日神輿此処に渡御あって、神事を行ふ例であつた。近古は此祭禮絶えたが、今に白羽の御旅所と言ふ。元亀の頃兵焚にかかり古文書、寳物等を失ふ。神主神霊を奉じて難を川根白羽山に避けたる事ありしも、武田氏肺威を畏み、神殿を造営し、神霊の還御を乞ひ奉り、神領を献じ舊規を復興させた。後徳川家康朱印高500石を寄進し継いで明治に至る。明治6年3月郷社に列し、明治44年8月11日神饌幣帛料供進社に指定せられ、昭和5年2月11日縣社に昇格す。(静岡懸神社志原文)
神社入口
鳥居(伊勢鳥居)
神号標「懸社 白羽神社」
社 殿
拝 殿
神額 白羽神社
神輿殿
手水舎
御神木 「マキの木」
写真撮影:2007年7月5日