◊由 緒◊
延喜式神名帳賀茂郡波夜多麻和気命神杜ありて神階帳従四位上おほゐの明礁とあるに相当するとなす。特選神名帳に日、今按式社考証に、相玉村鎮座相玉天神なるべし、そは豆州志に云、これ極めて古祠也、正月走馬の神事をなす、金皷の銘に曰く、正長2年10月豆州稲梓相玉天神宮とあり、神階帳おほゐの明神も正にこの神なるべし、相玉の称呼は即ちハヤタマの鎮座にて、ハヤのハイとなり叉アイと訛りし也、相玉天神と稀へ、また地名に負はせたる事的然を思ふべし、斯くて古く大井の称ありしは今に社辺を井ノ垣内、井の林と唱へまた荒井の田、荒井が谷戸、荒井渓などいう処あるを以て知るべし、と記されている。本社はもと天神杜と称したが、明治14年1月27日現社号に改めた。明治6年9月村社に列格す。(静岡懸神社志原文)
社殿は高いところに鎮座しています
鳥居と神号標
神号標には 「式内波夜多麻和気神社」
社殿はこの階段の上
社 殿
拝 殿
本 殿
下に広がる相玉の集落
写真撮影:2020年6月8日